不破牧子インタビュー(1)

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ネコ+ものがたり

モノ・コトには必ず起点がある。

子どもの貧困、そして発達障害の子どもたちに向けた学習支援。
不破にとって起点となる出会いとは何だったのか。何故この場所が必要なのか。
ダイバーシティ工房設立までの道のりと、そこで出会った子どもたちについて聞いた。
インタビュータイトル 001(不破さん
写真+見出し(不破さん

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家の中に居場所がない/子どもの貧困
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中学1年生のA子は、DVで母と逃げてきた。
夜逃げだった。叔父が運転する車に積めるだけのものを持ってシェルターに入った。

施設退所後、A子の母は大学の学生寮で住み込みの仕事をしていた。
狭い部屋の中で、A子は料理などの家事を手伝いながら生活していた。

仲の良かったA子がこのことを不破に打ち明けたのは二人が知り合って1年が経ってからのことだった。

 

そしてもう一つ、不破にとって起点となる出会いがある。
高校時代に出会ったB子の家は一人親だった。
小学生の弟は不登校でひきこもり、母親は宗教にのめりこんでいた。
不安定だった家庭の中で、B子は弟と母親との調整役となっていた。

 B子自身は普通に高校へ通い、進学する学力もあったが、経済的な理由で予備校には通っていなかった。
当時、よく不破の自宅へ遊びにきていたB子の勉強を不破の父は無料でみた。

進学したい学校も見つけ、1校だけ受験をすることに決めた。
しかし、受験当日、B子は寝坊した。まだ走れば間にあうかもしれない。
でも、途中で走ることをやめてしまう。自分で諦めてしまったのだ。

B子を起こしてくれる人は誰もいなかった。
「走れ!」とその背中を押してくれる人もいなかった。
不破がこの朝のことを聞いたのは後日だった。

 毎日を一緒に過ごしていたB子と不破の生活は、高校卒業を境に全く違ったものへと変わっていく。

 B子は予備校に通うためにキャバクラでバイトをし、そのまま朝は予備校へ通う生活を始めた。
夜も寝ないで働き、受験勉強をする生活には無理があった。3ヶ月後、彼女は蒸発した。

まだ中学・高校だった不破は、「どうしたらいいんだろう?」と友だちのことで悩んだ。
父は「いつでもいいから、ここにおいでと言いなさい」と声をかけ、泊まりにきた友だちの相談にも乗った。
家出してきた友だちが1週間泊まっていくこともあった。

「そうか、困ってる子がいたら声をかけていいんだ」。
家に居たくない子が、その日1日を違う場所で過ごせる。そういう場所があるのは大切だと不破は感じた。

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